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シャルの心の端書き置き場

短くは書けないそんなあれこれを

人はいさ 心もしらず ふるさとは……

 こんにちは、シャルです。お久しぶりです。本を買っては中途で投げを繰り返してあっという間にふた月も時が経てしまいました。僕がこの文章を書いているのは二月二十三日で、ついこの前立春を過ぎ春一番が吹いたと思ったら、急に寒さがぶり返したり風が強くなったりで身体が弱い人もそうでない人でも体調を崩してしまいそうな日々の中の一日です。どうか皆様、お体ご自愛くださいませ。

 さて、今回もどなたか読まれるのか、果たして元通り僕の自己満足の公開へとなるのか、読んだ本から連想された僕の想いを書き付けるとしましょう。僕が読んだ本は「喫茶ルパンで秘密の会議」(SKYHIGH文庫)です。

 さらりとあらすじを述べますと、ある家に泥棒が入り金目の物と一緒にオルゴールが盗み出します。そのオルゴールの持ち主である老婆の孫娘と友人で喫茶店の次期経営者として見習いする専門学校に通う女子学生が、喫茶店に入り浸りの人気小説家と共にオルゴールに秘められた想いを紐解きながら事件を解決に導くという小説です。凝ったトリックはないです、その代わり心理描写が丁寧です。

 ええ、そうです。書店で平積みされていた本の『喫茶』という文字だけを見つけて買いました。珈琲への拘りや描写は少なかったですが、珈琲が気になるならそろそろ専門書でも買うことにします。

 ところでオルゴール、僕も一つだけ持ってます。自分で彫った木で出来た箱に収められていて小学校の校歌が流れるようになっています。僕の場合、小学校への思い出が残っていると格好付けるような記憶もないので割愛しますけどそれなりに楽しみました。勉強ばかりしていた気がしますが。

 一人なのに、すぐお話が脇道に逸れてしまう。僕が読んだこの小説でのオルゴールには秘められた二人に見えるかもしれない、実際にはもっと多くの、言ってしまえば登場人物全員の感情が小さな箱の中に大切に仕舞われています。お互いがお互いを想いながら戦後直後の復興期故に結婚の自由などあるわけもなく、想いの一切を押し殺しオルゴールを作りあげ女性の結婚前日に贈った不器用な男性と、それを貰い受け同じく一切の想いを押し殺し意中の男性に会うことを止め別の男性の元へ嫁いだ女性の若かりし二人の記憶。お互いの心情を慮りながら後押ししたり、立場によって出来なかったりした周囲の人間の歯痒さ、後悔や寂しさも感情ももちろん。しかし、オルゴールの贈り手は想いを秘めると先ほど僕は申し上げましたが一つだけ想いの痕跡をオルゴールの曲に残すのです。その曲とは"Je te veux"貴方が欲しい、貴方が好きです、と訳されるそうです。この想いをストレートに表現せずに曲名に託す心情、僕も似たようなことをしたことがあるのでその心情たるや、僕には察して余りあります。相手を想う深さや直接好意を相手に告げてしまうことによって、相手に答えを強いることを恐れ、答えを期待しつつも答えなくても良い形にする思いやりです。その点、僕はしっかり否、という答えを戴いたので幸せですね。しかしこのオルゴールの曲名に託された想いはオルゴールが盗まれるに至るまでついぞ五十五年もの間、相手の女性にはもちろん誰にも気付かれることはないのですが。

 手先が器用だが不器用であったオルゴールの製作者は自身の恋慕を胸の内に留めておくことを誓いながら、思いの跡を一つだけオルゴールに忍ばせておきました。狂おしいほどの恋慕は秘めていた方が良いのか、それともまた違ったやり方で告げたら少しは異なる展開になったのか。僕に人から好かれるような良さがあるのであれば、それをアピールしたりすれば良かったのに、却って行動を先走り自ら手足を伸ばし人に触るるを恐れるようになったと結果を今も悔いたりします。何と僕は愚かな、急いては事を仕損じるという教訓を痛い形で教わりました。僕にとっては失敗が許されない久方ぶりの他人に対する心情であったのに。

 そうそう。何故恋はしないと十年以上も前から言ってた僕が最近想いに振り回されているか。率直に申し上げますと、僕にもよく分からないですがたぶん、FFを始めてから幸せそうな仲の良い恋人同士の話を見聞きするようになったからですかね。他人と同じ空間で生きてて楽しいことばかりなはずはないとは思いますが、一人より良かったなんてこともあるらしいと知りました。確かに、好きな人に面白かったこと楽しかったこと嫌だったこと、何でも報告して感想をもらえるって考えることをだに幸せそうですね。

 あぁ、長い!今回はちょっと書きすぎました。もし、久しぶりではないか、なんて最後まで読まれた方がいらっしゃるならありがとうございます。文章で人に感情を想起させるように書けるようになりたいものです。それでは、皆様にまたいつかどこかでお会いできることを願っております。

 

P.S. タイトルは小倉百人一首にも選ばれた紀貫之の一首です。本当は違う歌が本を読み終えた時に脳裏に浮かんだのですが、それは好きな人にだけ知っていて欲しい歌なので違うものをあげました。ごめんなさいね。

新年のご挨拶

 皆様、あけましておめでとうございます。シャルは今年も読書を続けて、思考していきたいと思ってます。去年、一年間は助動詞を勉強して古文を読んだりしたので、今年は助詞を勉強してより多くの本を読みたいと思います。読書に殊、邁進してより一層僕の日本語を研いていきたいと思います。

 でも、本心を告げるとたぶん同じ本ばかり読むので、あまりこの日記帳(ブログと呼べるほど皆様に本をお勧めしているわけではないので雑記帳ないし日記帳と呼ばせて下さい)を更新することはないかと思います。ここで文章を自分で考えて書くことが、日本語の練習になると何より思うので止めることはしないようにしたいと思います。

 さて、僕の日本語に関する抱負を述べたところで、肉欲に関する抱負を述べさせてくださいね。恋したい、想いを叶えたい!純真純情な僕らしい恋です、きっと。あまり口には出してないですが、脳みそはいつも官能的な妄想ばかりしています。PCを買ってまでFF14を美しい画質(余談ですが、4Kで100fpsまで出ます。ディスプレイがないので、フルHD60fpsで満足してますが)でプレイしているのもエロが原動力です。エロが世界を進化させますからね。よし、言った。言いました。言ってしまいました。余談ですが、普通に話していればモテますよ、と言われてのでたぶん今までの僕はどこかぎこちなかったり普通ではなかったのか、なんて思ったりしました。お世辞でも言われれば嬉しいものです。気が付いたら、この余談に近しい人に全く興味の湧かないであろう内容の方が長くなってしまいました。

 1月1日に更新する内容としては、なかなか正道から逸れつつあることを自覚しているので、今回はここで締めたいと思います。こんな僕ですが、どうか温かい目で今年も見守ってください。今年もよろしくお願いいたします。

P.S.

 先月の僕の日記帳の閲覧数が100を越えたらしいです。たぶん50近くは僕のカウントではないかと思いますが、多くの方が見てくださったことは事実です。ありがとうございます。

 それでなんですが、誰がご覧になって如何なる感想を抱かれているのかなぁ、と思うのです。この場で匿名だったり、Twitterでもお知り合いの方ならそちらでもそれとなく、感想を教えていただけると僕が日記を書き続ける一因となりますので、是非教えてください、と露骨にアピールしておきます。

 それでは、本当にこれまでで。バイバイ!今年もよろしくです!

「京都寺町三条のホームズ~新緑のサスペンス~」を読み終えて

 この僕の拙い日記を以前読まれた方へ、おひさしぶりです。そして初めて読んでくださる方へ、初めまして。僕はシャルと申します。

 感想の前に短い言い訳と近況報告をば。長い期間が、確か三月ほどだと思いますが、空いてしまいました。その間何をしていたかと問われれば、勉強・読書・ゲームの三本柱を軸に日々悩みつつも楽しんでおりました。読書に関しては「京都寺町三条のホームズ」のシリーズをひたすらに読み返したり、数冊新しく買ったりもしましたが何といっても一番の出会いは「伊勢物語」を原文で読破したことでした。毎日コツコツと読み進めても、僕の浅薄な知識ではひと月はかかりました。そのお話もいつか、この年の間に書けると嬉しいですね。来年への思い残しは少ないに越したことはありませんから。同じ本を読み返していたのでは、新しい日記も書けないということです。もし、万が一、億が一、待っていたという方がいらっしゃれば、すいませんでした。

 さて、本題ですが今月発刊された「京都寺町三条のホームズ」の第6巻を本屋で偶然に見つけ、至極当然その場で購入し読み終えたので感想を述べたいと思います。

 第5巻でようやく長い一年にも亘る先輩と後輩、将又師匠と弟子という関係を越えて恋人同士となったホームズさんと葵ちゃん。その恋人となった後の新刊となれば、どこまでこれから2人の仲は進むのだろうと気にならない人はいないはず!そう期待に胸を膨らませて最初のプロローグへと至るページを捲りました。結論だけ言えば、恋人同士となったにも関わらず、葵ちゃんは元からホームズさん好きで描写がなされていたせいか、照れつつもクールでした。ところが、この本にホームズさんの葵ちゃん好きが描かれるようになったので、それはそれは甘い描写が見られるようになりました。恋愛感情を見るのが大好きな僕には大変嬉しいことです。甘い恋愛感情を活字で読む度に脳髄を駆け抜ける電撃による痺れと胸が一杯になるような感覚に襲われ、読書の幸せを嚙み締めております。

 そして、甘い彼らの恋愛事情を挟みながら、今回の物語はこのシリーズ初の長編推理小説でした。望月先生の長編を読むのは初めてで、主軸には恋愛を置きつつ鑑定・探偵・京都案内の三つがしっかり書き込まれていて、僕は物語の展開に緊張で息を詰まらせたり、ホームズさんと葵ちゃんの恋愛模様の描写に胸を躍らせつつ、大変楽しく読み進めました。

 本の内容に触れてネタ晴らしをしてしまうには、あまりにも惜しい本だと僕は思っているので本の内容には一切触れずにおきます。是非、お時間があってライトな推理と恋愛感情を活字で読まれたい方がいらっしゃれば買って読まれるのが良いかと思います。

 そして、エピローグでは第1巻以来登場のない人物であった、葵ちゃんの元カレの克実君が現れて、ホームズさんにやり込められます。この本を気に入られる方はきっと家頭家とその周辺人物の個性に惹かれるという方が多いと思うので、胸がすくような思いをすると思うのですよ。しかし、僕はその胸のすくような思いを抱く裏腹に自己への反省と苦い感情を抱きました。

 僕は残念、人に恋することはあれど交際するに至らずな人間で、恋愛に関する経験が浅いのですよね。それで今まで迷惑を人にかけたりもしました。そして、これを書くに至った感情としては、直前にふと目にした文章からの下世話な妄想のなんと穢らわしいことか、というものでした。その黒い感情をぶつけることで、美しいものを自分の心に感じることが出来れば良かったのですが……。心が綺麗なばかりではないのは知っていますが、僕も月並みで良いので恋愛を一度して劣等感に頭を悩ませる現状から逃れたいものです。

 何故、僕が頑なに独り身でいるのか。それは異性に対して抱く恋愛感情が突き詰めたら、僕の場合単純な性的欲求に落ち着いてしまうのではないかと思うと怖いからです。僕は性的欲求を否定しないし積極肯定していますが、それで相手の感情を見落としたり、我を張るようなことがありたくはないと思うのです。以前の失敗に対する反省を通した自戒と、自分への恐れの述懐ですね。そもそも何が恋や愛で、どれだけの重さなら相手が受け止めきれるかが全く分からないのです。僕のこの邪な考えが他人を穢すことを夢想したくもありませんし、これからもし一歩を踏み出すにしても大きな大きな勇気が必要でしょうね。

 最後の二段落は、「京都寺町三条のホームズ」シリーズとは一切関係のない僕の独り言のようなものです。「京都寺町三条のホームズ」シリーズはたいへん面白いのでお勧めですよ。それでは、最後に僕の駄文を最後まで読まれた方への感謝を胸にこの文章を締めたいと思います。ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

 こんばんは、終に僕にも日常へ帰るときが来たようです。まぁ、ひと月半も休みだったので社会人の方よりも随分長いこと休めましたね。僕の趣味は読書、FF14、後は古文漢文を味わうことくらいなので、それらを堪能したことで十分に楽しんだと言えるでしょう。しかし怠惰に寝過ぎたことは否めませんので、そこは次の長期休暇への反省とします。

 

 そして今回の内容はタイトル通り、小倉百人一首の一首である小野小町の「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」で思ったことです。
 ざっと5割の確率で当たる現代語訳を付けるとするなら、「花の色は色褪せてしまったなぁ、虚しく物思いを長雨が降る中している間に」というところです。文法は省略させてください、僕はそこに詳しくないので。そして和歌の心情ってその人の中でしか味わえないもので、完全に理解することは土台無理な話ですので。

 この詠は絶世の美人とされ伝説の多い小野小町の詠んだもので、小野小町は引く手数多で恋愛の相手に事欠いたことはないのだろう、と僕は勝手に想像していたのでこの前この和歌を読んだときに衝撃を受けました。きっと引く手は数多だったのでしょう、しかし彼女は物思いをしている日々の暮らしの間にすっかり容姿も衰えてしまったという意味をこの和歌に込めていて、彼女が心からときめく相手に巡り合えなかった、又は巡り合えても身分の差に身を焦がすような想いをしたのかもしれない、という考えに僕はふと思い至って切なさを感じました。彼女は後宮に仕えたという記述もあるので、きっと高い身分と教養の深さはあったのですが、それでも届かない相手がいたのかもしれません。

 僕は隔てられるとわかっているからこそなのか、燃え上がるような恋が大好きで古文では源氏物語の空蝉が光源氏に対して身分の差を思い悩み光源氏と逢瀬を色々な手段で拒む場面では胸が締め付けれるような想いで読んでいました。
 僕は最近、ある感情が恋なのか否なのかで深く悩んでいますが、小野小町の「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」を読んだ後に、小さいことに悩んでるなぁ、そして、このまま悩むうちにきっと半年や一年で相手はきっと立場や状況が変わって僕に話しかけてくれるそんな今の日常はなくなってしまうのだろう、なんて思うと居ても立っても居られない焦燥感を覚えます。恋かわからないなら相手に打ち明けて、ゆっくりと募る思いの丈を確かめれば良いではないかと思うのです。しかし、弱虫な僕は相手の発言一つ一つに一喜一憂する今の僕を見せたいとは思わないのです。そしてこの煮え切らない想いを伝えて相手がどう受け取るのだろう、ただ迷惑に感じるのではないかと思うと、より胸が締め付けられる思いで行動には移せないのです。何より今の平穏で相手の心の中にそっと小さくも僕の居場所があるということが嬉しくて堪らないのです。勿論、カテゴリーとしては何でもない唯の一個人、きっとすぐ忘れられる人物でしょう、それでも良いのです。

 失いたくない、という意識があまりにも強すぎるのでしょうね。それを理解していてもきっと僕の容姿に関係なく、僕は行動には移しはしないのでしょう。恋は日々の想いの交換の連続の中で次第に芽生え、育つのが僕の理想の恋愛です。許されるなら、その理想が相手の中でも共通していることを祈らせてください。勿論ですが、相手が僕に対してある特殊な感情、嫌悪でも好意でも何でもです、他者との差別化が図られるような感情全てです、を抱いているということは微塵にも考えていないです。僕は自惚れたくはないのです。お互いの感情を言葉にしないとなかなか信じられないのです。だから、僕は比較的素直に振る舞っているようには思いますけどね。

それでは今回はこの辺で。次回は近いうちに、僕が百人一首を最近になって初めて触れて特にお気に入りの二首、平兼盛壬生忠見のお話でもさせてください。それではこの拙い文章を読んでくださった貴方にまた今度も会えますように、小さく胸の中で祈って。

面白いこと、感動させること

 どうも、こんばんは。シャルです。夜更かし癖と二度寝する癖が治りませんね。

 

 そんなことはさておき、今晩は僕が常日頃から憧れていることを書きましょう。それは面白いことを言うということと、感動させる文章を書くということです。

 面白いことを言うということから書けば、僕の中でのキッカケは中学2年生の時に出来た友人たちですね。彼らは本当に頭の回転が速くてビックリするくらい出来事を面白おかしくし、場を盛り上げることが出来たんです。その時に初めて僕も面白いことを話せるようになろう、そう決意して彼らの話し方をよく見て聞いて理解しようと努めたんです。

 ところで何が話を面白くするのか。長いこと面白い人の横で過ごすうちに理解できたことは起承転結の簡潔さです。複数人での会話でも起承転結のビジョンが共有されていて、尚且つ優れた相槌とテンポの維持で話が面白くなっていました。そうして色々なことを試すうちに大分長いこと経ち、面白いことを話せるように努力してきましたが、まだまだですね。でも、以前ほど面白くない人間ではなくなり、求められていそうな言葉で場を盛り上げることが時々できるようになったのは大きな進歩だと思っています。

 

 さて、次は感動させることです。僕はもともと文章を書くのが好きで、日記とかを書いていた時期がありました。うつ病に罹った時に明らかに直前から文章がおかしくなっていたのでそれきりで辞めましたけどね……。またいつか書いてみたいものです。そして、読書が堂々第一位の趣味と言っても過言ではない僕は、好きな本ができるとその本の登場人物らを動かす文章を脳裏で組み立てたりすることがあります。形に遺さない同人活動みたいなものですね。それでもいつか書き遺したいと思って、このブログみたいな書いたものを人の目に触れられる範囲で遺すことを始めたという訳です。僕が物書きに倣っていつか、人も目に触れてもいいような文章が書きたいんです。

 そもそも感傷的な僕は物語にとても感情移入し、しばしば展開に泣きます。だからそうやって僕を泣かす文章を書くことのできる、そんな物書きになりたいのです。

 

 知識を蓄えて物語が書きたいです。それがとっても大きな僕の夢です。

 それが出来て、好きな人にそのことを報告出来たらどれだけ幸せなことだろう。

 

 では、これを読んでくださった貴方が次回も読んでくださることを祈って、おやすみなさい。また今度。

京都寺町三条のホームズシリーズの既刊を読み終えての感想

 今回は僕が「京都寺町三条のホームズ」を読み始めてはや、3日が経ち既刊の全巻を読み終えましたので、その感想でも徒然なる晩に書いてみることにします。

 

 今回は強烈なネタバレを含みますので、読まれる際にはそれなりの覚悟をお決めになってくださいね

 

 では、僕の感想の前に好きなフレーズの引用から。

「すべての音が消えて、心臓の音だけが体中に響く。
 鼻先が触れ合うような距離まで顔が近付いたかと思うと、ホームズさんは」……
 ええ、葵ちゃんは自身の清貴さんへの想いを4巻の第3章『後継者の条件』で自覚し、正面から清貴さんへの好きという感情へと向かい合い、終に両者の想いを認め合ったということなんですよ。

 長かった。本当に長かった。1巻から素直で純情な葵ちゃんと鋭い観察眼で人の内面を見抜く清貴さんの相性は良いのだから、自然と惹かれ合ってすぐにくっついてしまうのではないか、なんて思っていたんですよ。しかしお互いにお互いのことが気になりだしてからというもの、二人の過去にそれぞれ存在する苦い失恋の記憶は両者の共に関係の進展を許しはしなくて、勇み足になりはしないかと勘違いを恐れ自らを厳しく戒めるのです。その自戒が強すぎるあまり、二人が出逢ってから暦が一周するまで付き合うことは叶わなかったのです。読者は二人の感情に触れられますから、傍目八目といったところで自分の感情を安易に恋と断ずることが出来ない二人にもどかしさを覚えつつも応援したくなるように書かれているのです。

 ホームズさんが次第に葵ちゃんに対して特別視していることを匂わせるようになるあたりで、僕の胸はときめいていました。しかし、一線を引くと決めてしまいホームズさんに対する恋のようなときめきを、ホームズさんが紳士だから皆に同じように振る舞うという理由で心の奥底に仕舞い込むことに決めた葵ちゃんは正に難攻不落の城となり、ホームズさんの真心がなかなか伝わらないことに僕はヤキモキしていました。ホームズさんが葵ちゃんに感情をまたしても伝えらない度に落ち込むんですが、僕は内心でもう少し攻められたら、と思ってしまうんです。勿論、そのようなことは過去に壮絶な失恋をしている二人に求めることはあまり酷で、想いが伝わらないことでより僕は二人の関係の危うさと美しさにより魅了されていきました。

 

 ネタバレ終了


 そうですね、ここまで只管に感想を述べたところで僕の心の中身に移りましょうか。僕は、恋と呼ぶにはあまりにも根拠が足りない、漠然とした好意が違う形に変化しそうになっている感情をここ最近、ある方に抱いています。「京都寺町三条のホームズ」の言葉を借りるなら『「もしかしたら、あなたのことが好きなのかもしれません」と言いかけ』るくらいですね。僕は中高と共学ではなかったことですっかり異性に対する免疫を失い、もともと小学生の僕の異性に対する感情は非常に幼いものでしたし、近頃は人からの優しさすらどう受け取って良いのかわからないほどです。どう、話しかけたら良いのかわからないんですよね。僕には深い知識を持つわけでも優れた記憶力を持つわけでもなく、況してや人の心を見抜く観察眼を持ち合わせん乎と言ったところで、僕自身の感情にも始末がつけられません。きっとこの感情が恋に変化することはなく、次第にその方とは疎遠となっていくのでしょう。そう考えるととても悲しいものです。もともと距離が近い訳でもありませんし、顔も声も知らないですしね。それでも胸が締め付けられて苦しくなるような感じです。僕の恋は始まる前に終わるんです。大丈夫です、きっと時間がその傷をゆっくりと解かして小さな古傷にするんです。

 

 しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで


 今回はここまで。恋ではなく思ひと書きたいところですが、平兼盛の詠をそのまま引用したかったので。是非また次回も、これを読んでくださった貴方にお会いすることが出来ることを願って。コメントも戴いてみたいですね、いつか。

 静かなリビングで一人、夜中にひっそりと綴る。

「京都寺町三条のホームズ」の第2巻を読み終えて、葵ちゃんと清貴さんの関係に思うところ

 外の装いも少しずつ秋になりつつありますね、と外に出て雲の形の変化、虫の声やそして陽の長さを見て思う僕です。

 葵ちゃんは初めて清貴さん(ホームズ)のいる蔵(彼の一家が経営する骨董品店の名)を訪れて、心情を見透かされて埼玉に残してきた彼氏の裏切りに対して覚えた切なさや怒りなどの感情をついに吐露し泣きくずれるシーンを読んで、僕はこの本にまず惚れ込んだのです。綺麗で、僕の胸に切なさを覚えさせる描写だと思って。

 その後、葵ちゃんは蔵で働くことになり、清貴さんに連れられて多くの真贋様々な美術品を間近で見ながら、それぞれの美術品を持つ人たちの心の詰まったエピソードに触れ合う物語が質感のある等身大の描写で描かれています。陳腐な僕の語彙力では到底表現できないですね……。

 葵ちゃんの目線で物語は主に進んでいくので、もう清貴さんがイケメンに描かれること描かれること!言葉巧みで毎度同じ表現ではないものですから、僕もそろそろ清貴さんに惚れるのではないだろうか、と。「いけずな京男子」な清貴さんは表の誰にでも品行方正で紳士、そして尚且つ知識人な一面と、京都のような華やかな歴史の裏にある真っ黒な部分の二面性に葵ちゃんがクラクラ、ドキドキしています。その緊張はしばしば心臓が破裂しそうという表現で書かれています。

 葵ちゃんは今まで周囲には決していない存在である清貴さんに心が靡いています。もちろん失恋のあとに、ああして手を握られたり葵ちゃんの心をしっかり理解した上で優しい言葉をかけてくれる「理想の男」たる清貴さんに靡かない女子はそうそういないと思いますし。でも、確固たる恋心でもないと葵ちゃんはどうも思っていて、恋人同士に見えるという他者の評価には猛烈に否定してます。寧ろその行為は疑惑を肯定しているようにしか見えない、自分の気持ちになかなか正直になれてないように読者には見えるのです。早く恋心を自覚して、それを清貴さんに感じ取られてしまって、告白してしまえばいいのになんてね!

 

 ここから少し第二巻の最終章のある描写に触れます。読まれる方はご注意を

 

 そして、僕がこれを書きたいと思ったきっかけたるは第二巻の最終章!なんでも明快にハキハキされている清貴さんが葵ちゃんの手を握って言葉に詰まるシーンには、僕は息を止めて心臓が破裂しそうな思いで読んでいました。しかし、しっかり邪魔が入るお約束な展開にほっと一息吐いた僕は、実は残念に思ったり思わなかったり……。

 

 葵ちゃんと清貴さんはお互いに相手を特別視していますし、そのお互いを大事にしている感情が恋心に変化してもおかしくないと僕は思ってます。いや、5巻まで出ているのでそこまで読めばよかろう、と思っても言っちゃダメですよ!

 

 僕は好きな人には極力素直でいたいです。想いまでは伝えられないんですけどね……。

 

 そんなこんなでまた1100字を超えてしまったので、今回はここまでに。また次回も貴方に出会えることを祈って。ルンルン♪